大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1421号 判決

控訴人(原審被告)

大富合資会社

代理人

滝田時彦

(ほか一名)

被控訴人(原審原告)

金田満男

代理人

渡辺脩

主文

原判決を取消す。

被控訴人の事情変更による仮処分取消の申立並びに当審で追加した主位的請求のいずれも却下する。

訴訟費用は第一、二審を通じて全部被控訴人の負担とする。

事   実<省略>

理由

次の諸事実は当事者間に争いがない。

控訴人が訴外富田きくを相手方として提起した水戸地方裁判所昭和三一年(ヨ)第一二六号不動産仮処分申立事件において、同裁判所は水戸市南三の丸七三番の一の宅地九六坪一合(後日これが分割されて本件三筆の土地となつた)及び同番の四五の宅地六一坪三勺について、売買、贈与その他一切の処分を禁止する旨の仮処分決定をなし、その旨の仮処分登記がなされ、同一当事者間の同裁判所昭和三四年(モ)第五七号不動産仮処分異議事件においてに、右仮処分を認可する判決がなされ、右判決は確定した。その後昭和三四年三月三日富田きく法定代理人富田真輔と被控訴人との間に本件土地を売買によつて譲渡する意思表示がなされ(ただし右意思表示が富田きくの債務を免脱するための仮装のものであるかいなかについては争いがある)、同日その旨の登記が経由された。次いで、富田きくおよび富田真輔と控訴人と当事者とする水戸地方裁判所昭和三一年(ワ)第一八四号合資会社解散請求事件において、右当事者間に昭和三六年六月二〇日裁判上の和解が成立した。その後右当事者間に成立した和解に基づき本件土地につき富田きくから控訴人への所有権移転登記がなされ、それとともに前記被控訴人のための所有権移転登記が抹消され(右抹消は、成立に争いのない第三号証によれば昭和三六年一二月五日付でなされたことが認められる)、これに伴つて、同三七年九月一二日本件仮処分の登記が抹消された。本件仮処分命令がその執行を終了しているものであることは、後段判示のとおりであるから、被控訴人がその主張のように、本件土地に対しその所有権を取得したとしても、右仮処分命令の執行が存続していることを前提としてその執行の排除を求めることは許されないから、被控訴人のこの点についての訴は不適法として許されないものといわなければならない。仮処分命令は、本来、仮処分債権者の請求を保全するためになされるものであるから、上記判示のように仮処分債権者である富田きくとの間で、本件土地について和解をなし、その旨の本登記手続をも了し、しかも、本件仮処分命令の登記手続が抹消せられた以上、本件仮処分命令はその執行を了して、その効力を失つたといわなければならない。

かりに、百歩をゆずつて、本件のような場合に、被控訴人が本件仮処分命令の効力を、その手続内で争えるとしても、事情変更を理由とする仮処分の取消は、仮処分異議(民事訴訟法第七五六条、第七四五条)による取消と異なつて、その効力は既往に遡らないものである。しかして、被控訴人の主張は、本件仮処分命令が当初から、少くとも被控訴人が本件不動産につき所有権取得の登記をなす以前から、効力を消滅させなければ、目的を達せず無意味なものであるから、被控訴人の本件仮処分命令を、本件の判決によつて将来に向つて取消を求めることは、主張自体理由がないといわざるを得ない。従つて被控訴人は後記のような救済手段によればかく別、本件事情変更を理由とする仮処分取消の申立は、いずれにしても、その利益を欠くものといわなければならない。

被控訴人の主張するような事実が存するときは、被控訴人の権利は保護されなければならないが、その方法は、左記のような方法による以外、争う道はないといわなければならない。すなわち、被控訴人が主張するように、本件仮処分の目的である本件係争地は、戦災復興都市計画による土地区画整理事業の施行のために仮換地(換地予定地)として指定された土地であるため、その同一性を表示する方法として、右係争地に対応する従前の土地である上記七三番の一の宅地九六坪一合及び七三番の四五の宅地六一坪三勺を仮処分命令の主文に掲げられ、かつ仮処分の登記手続がなされたものであるが、その後昭和三五年八月一日に本件土地につき前記当初の仮換地指定が変更され、全く異なつた土地に新たな仮換地指定の処分がなされたものであるとすれば、その結果、本件仮処分命令は本件土地に関するかぎり実実的にはその効力を失うに至り、結果的には、本件土地に対しては当初に遡つて仮処分命令の効力は、実質上及びなかつたことになつたわけである。従つて、上記富田きくから控訴人に対してなされた、和解を原因とする本件土地の所有権移転登記は、本件仮処分の本案の権利を実現するためになされたものでなく、これとは全く異なる権利の実現のために不当に本件仮処分を流用してなされたこととなり、それがために昭和三四年三月三日富田きくから本件土地を買受け、その所有権移転登記を経由した被控訴人の権利は不当に侵害される結果になることは明らかである。

しかしながら、そうかといつて、すでになされた控訴人の本件土地の取得登記、本件仮処分命令および被控訴人の本件土地に対する取得登記の抹消登記手続は当然無効となるものではなく、むしろ、現在の登記手続の上では、一応有効になされたものと認めざるをえない(最高裁昭和三五年七月一四日判決民集一四巻一、七五五頁、法務省民事甲第二、一六四号民事局長通達参照)。しかし、そのために被控訴人の本件土地に対する権利が当然に消滅するわけでないのは当然であるから、右仮処分手続の中においてではなく、別な訴訟手続で、控訴人を相手方として、控訴人に対し右被控訴人の取得登記の抹消回復および前記控訴人の取得登記の抹消を求め、勝訴判決を得て、自己の従前の登記を回復し、控訴人のための取得登記の抹消をはかる方法を講ずべきである。

以上要するに、被控訴人の各本訴はそれぞれ訴の利益を欠くものとして、その余の点の判断を待つまでもなく不適法として排斥を免れない。

以上のとおりであるから、被控訴人の事情変更を理由とする本件仮処分の取消の申立を認容した原判決は失当で、本件控訴は理由があるから、民事訴訟法第三八六条を取消し、右申立並びに被控訴人が当審で追加した主位的請求の訴をいずれも却下することとし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長判事村松俊夫 判事小川泉 杉山孝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例